【コラム:太宰治】ダメな男と世話好きな女。太宰治の「女性目線」が面白い!

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この記事はゲストを招き、語っていただくオリジナルコラムです。

ライター紹介

名前:井上はなさん

プロフィール:スペイン在住ライター。旅行が好き。趣味は美術館・教会巡り、ポストカード・古紙幣収集。

ダメな男と世話好きな女。太宰治の「女性目線」が面白い!

日本を代表する文豪、太宰治。
その名前を聞いたことがないという人は、ほとんどいないでしょう。
学生時代に、教科書に載っていた「走れメロス」は読んだことがあるけど、他の作品はなんだか暗いイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
太宰作品は確かに自殺やアルコール中毒などの描写も多く見られますが、同時に誰もが感じたことのある「生きづらさ」を代弁してくれる不思議な作品が多いのです。
今回は、そんな太宰作品の中から、「女性が主人公になっている作品」に焦点をあて、おすすめ3作品をご紹介してきたいと思います。

斜陽

「恋、と書いたら、あと、書けなくなった。」

登場人物

・主人公、かず子
華族の家に生まれた女性。時代が変わり過去の栄華を失いつつも、尊敬する母との生活を守るため質素な生活を受け入れてきた。
貴族の弟の借金を返している中で知り合った妻子ある上原という男に恋をし、彼に宛てた手紙を書き続ける。
・お母さま
かず子の母。「最後の貴族」とかず子と弟の直治に言われるほど、気品高い性質。かず子と二人でほぞ細と生活をしていたが日々の心労がたたり、病に倒れてしまう。
・直治
作家上原を師と仰ぎ、上原宅へ入り浸り生活を送っていたが、多額の借金、アヘン中毒やアルコール中毒に悩まされる。
多くの問題を抱えてはいるが、心は優しく、母のことを尊敬している。
・上原
妻子がありながら、かず子と関係をもつ。一時直治の面倒を見ていたが、酒など悪い影響も多く与えた。

概要

言わずと知れた太宰の名作、『斜陽』。
これは、太宰がロシアの文豪チェ・ホフの『桜の園』の影響を受け、「私も日本の『桜の園』を書く」と意気込んで一筆に取り掛かったのがこの『斜陽』であったと言われています。
前半部分では、資金難から徐々に家財を手放すまさにチェ・ホフの『桜の園』のような「没落貴族」をテーマに作品が進みますが、徐々に主題は「かず子の恋愛」へと移っていきます。
「華族」として型にハマった生き方から逸脱し、「恋と革命」のために生まれてきたと宣言するかず子は、足元のおぼつかない世間知らずな女性であると同時に、強く芯のある女性であることがわかります。
反対に、弟・直治と愛人・上原は、酒や薬に溺れ、繊細で弱い心をもっています。
太宰がしばしば主題にする「繊細で弱いが故に周囲を傷つける男」と「世間知らずで無鉄砲な故に力強く生きる女」という構図がこの作品の中にも表現されています。

楽しみ方

恋愛小説として楽しむこともできるほど、かず子の「恋」に関する描写の多いので、恋に悩む女性には共感できる部分が多い作品です。
最初に紹介した「恋、と書いたら、あと、書けなくなった。」という一文は、私のお気に入りのフレーズです。
恋に落ちたとき、特にそれが叶わない恋だとわかったとき、ぼーっとそのことばかり考えてしまう時間が、きっとあるはずです。
かず子は、日記を書きながら、上原のことを思い出し、なにかを書こうとしたにもかかわらず、「恋」の後に続く言葉を、結局見つけることはできませんでした。
太宰の文章には、「筆を置く」ことで、どんな巧みな文章にも表現できない、切ない余韻を感じさせることがあります。
叶わぬ恋をしたときに苦しさを誰かに共感してほしい人におすすめです。(ただしかず子の行動は倫理に反していることは言うまでもありません!)
その他、太宰好きの女友達とよく議論になるのは、「直治派」か「上原派」かということです。
ちなみに私は完全に上原派です。どちらも繊細で「ダメな男」とレッテルを貼られてしまいますが、それでも繊細な魅力溢れる男性です。

女生徒

「眼鏡をとって、遠くを見るのが好きだ。全体がかすんで、夢のように、覗き絵みたいに、すばらしい。汚ないものなんて、何も見えない。」

登場人物

・主人公
思春期特有の厭世的な感覚に葛藤する女の子。
普通に学校に通い、日常生活を送る中で感じた些細なことを作中で独自の視点で表現してゆく。

概要

一人の女生徒が朝目覚めて、夜眠るまでの一日を描いた作品です。
彼女の目線で全ての描写が進められ、日常の些細なことについての観察が、太宰独特のリズミカルで脱力的な調子で行われていきます。
父親を失い、単調で退屈な学校、そして日常。自らの人生へのネガティブな感情を放出させた暗い作品とも取れます。しかし最後の部分では、「明日もまた、同じ日が来るのだろう。幸福は一生、来ないのだ。それは、わかっている。けれども、きっと来る、あすは来る、と信じて寝るのがいいのでしょう。」という寂しさと、少しの期待とを混ぜたような文章が登場します。
この不安定な希望、もしかしたらあなたも今抱いているかもしれない、どっちつかずな複雑な感情を、巧みに言語化してくれているのがこの「女生徒」なのです。

楽しみ方

思春期におそらく誰もが経験したであろう、ちょっとひねくれて世界を見てみたい感覚を思い出させてくれる作品です。
最初にご紹介した「眼鏡をとって、遠くを見るのが好きだ。全体がかすんで、夢のように、覗き絵みたいに、すばらしい。汚ないものなんて、何も見えない。」という一文は、私が大好きな太宰の文章の一つです。
私は裸眼でふと外の景色を見るといつもこの文が浮かびます。目が悪い人にはこの感覚、伝わるでしょうか。四六時中めがねやコンタクトで忙しく生活していると、眼鏡をはずしてぼーっとすることなんて、あまりないですよね。
世界はなにも変わっていないはずなのに、小さなことで「違う見え方」になる。そんなことを教えてくれるのが、「女性徒」の魅力です。
この「女生徒」という作品は、おそらく大人になるにつれて見えづらくなった「世界のディテール」を、再発見させてくれます。同じような毎日を繰り返す単調な生活でも、この作品を読んだ後では、毎日の見え方が少し違ってくるかもしれません。

ヴィヨンの妻

「人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。」

登場人物

・主人公さっちゃん
堕落した生活を送る作家の大谷の帰りを家で待つ女性。
大谷との間に小さな子供が一人いるが、貧乏のためか十分なご飯を食べられず、成長が遅れていることを気にしている。
大谷が借金をした飲み屋で働くことを決意する。
・大谷
主人公の夫だが、実際には入籍はしていない。作家として名が知れているが、大酒がたたり借金を抱え、飲み屋の鐘を盗むまでになる。
やっていることはめちゃくちゃだが、どこか憎めない人柄で、飲み屋の夫婦もつい甘やかして酒をあたえてしまう。
・飲み屋の夫婦
大谷が出入りする飲み屋を経営する夫婦。戦争の影響で入手が難しくなった酒をなんとか手に入れて店を経営するも、大谷に酒を飲み干された挙句お金を盗まれ、家まで付けていくことで主人公と出会う。その後借金返済のために主人公を「さっちゃん」として飲み屋で雇う

概要

久しぶりに帰宅した夫の様子がおかしいことに気づいた主人公は、しばらくして訪れた夫婦によって夫・大谷が飲み屋で盗みを働いたことを知ります。
夫の借金を返済するために彼らの飲み屋で「さっちゃん」として働くことを決め、看板娘として客からの人気を獲得します。しばしば飲み屋に足を運ぶ夫の顔を見る回数も増えたことで、充実した生活を送ることになります。
家でただだらしのない夫の帰りを待つだけだった妻から、自立した力強い女性へと変化していく様子を描いた作品。

楽しみ方

一作品目に紹介した『斜陽』と同じように、「繊細で弱い男」と「あっけらかんとして強い女」の太宰らしい対比が際立つ作品です。
子どもの心配、夫の浮気、お金の問題など、主人公にもたくさんの悩みがあるはずなのに、どれも深くそれを感じさせず、力強く生き抜く主人公の逞しさが痛快です。
個人的には、軽快に進んでいく物語の中で、主人公にも悩みが当然ながらあることを、些細な描写の中に盛り込む太宰の巧みな文章構成が好きです。
行動だけを見ると「最低な男」のレッテルを貼られてしまうような夫・大谷の、「言葉でうまく表現できない魅力」を「言葉で」表現している点も、読者の想像を巧みに誘導する太宰らしさを感じます。
短くさらっと読める作品ながら、当時の文壇でも高く評価を受けた作品です。

まとめ:太宰の描く女性目線は、上品だけどパワフル!

この記事でご紹介した作品はどれも、上品で知的でありながら、底力の強さを感じさせるしなやかな女性が主人公となっています。三作品とも、脱力的、退廃的な中にも、不思議と希望の湧くような魅力のあるものばかりです。
『人間失格』や『走れメロス』とは異なる魅力のこれらの作品を、ぜひ読んでみてください!

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